顧問・学長対談「コロナの経験から大学に期待すること」その2

「顧問・学長対談」の後半をお届けします。
前半では、学術顧問 吉川弘之先生からの「大学における分野、領域を越えた新しい学問を作ることについてのご提言」を受け、射場本忠彦学長が、課題として異なる分野の融合の重要性を認識する一方で、タイムスパンの問題を挙げました。

収録:令和4年3月3日
出席者:吉川弘之学術顧問、射場本忠彦学長、平栗健二統括副学長
※記事の最後に出席者のプロフィールをご紹介しております。

〈Keyword〉
実学、大学が領域を越えた新しい学問を作る、学生のスキルアップ、〇〇の融合、工学、学問の見直し、学問は新しい時代を迎えて変化、学問は権威ではない、同じ地平に立つ、横串の組み合わせは爆発、学問共同体

学問の分野を越えて議論する

吉川学術顧問
射場本学長から、「融合」が必要だけれど、具体的にやるためにはタイムスパンやフットワークが関係してくるというお話がありました。教員というのは、簡単に自分の学問を捨てて他に移るというわけにはいかないというのが実態で、大学の改革における本質であると思います。
例えば、工学部には学問の形態の類似性によって出てきた電気工学、機械工学、材料工学があります。
電気工学では主として扱うのは、簡単に言うと電流と電圧。電気を扱おうとすると、簡単なところでオームの法則、難しいところではマクスウェル方程式というように立派な体系があって、それが基本的な電気工学のコアになります。
機械工学は、機械現象を対象とする学問で、道具として使う科学は基本的には力学です。一番簡単なのはフックの法則です。それがだんだん難しくなってくる。よく考えると、機械工学というのは自然科学の一部を切り取って、そして機械向きの科学を作っているのです。電気工学も同様に、電流・電圧、あるいは電磁波を切り取る、科学なのです。
一方で、工学部に建築学科、土木工学科、都市工学科があります。更に造船という大きい流れからですが、飛行機などを扱う航空学科があります。このように原理による分類、物による分類に分かれます。それが並立されているのが、工学部のカリキュラムの基本だったと思います。
なぜ基本かというと、一つ一つが自然科学、物理学というものと矛盾しない一部分の科学を抽出して作っているからで、建築学は家を建てるというところと、空気中の空調をするところとは違う学問ですけれども、はっきり科学を持っています。そこに科学理論を適用して、例えば空調をサイエンスとして捉えている。そういうものを身に付けるのが工学だと言ってきました。
そのように考えると、射場本学長のお話にあった学部4年間でどこまで学べるかですが、そんなに沢山のものは学べません。機械の人は機械の科学だけをしっかり身に付ける、電気の人は電気の科学だけをしっかり身に付ける、かつてはそれでよかったのですが、現存する存在物というものは、一つの学科では面倒を見きれない。それが射場本先生のお話の横串を刺すということになります。横串というのは幾つあるのか。自由な要素的な工学から横串ということ考えてみると、この組み合わせはたちまち爆発してしまってとても学生には教えられません。そういう難しさに実は遭遇しているのです。
具体的な例で考えてみると分かりやすいかもしれません。例えば、自動車は伝統的にガソリンエンジンでした。しかし、エネルギー問題や環境汚染が起こり、ガソリンをやめて電気にしようと、ハイブリッドが出てきた。これは、今までの自動車を作っていた人のチームではできません。自動車というものは、幾つもの専門が集まって製品を作ってきた。それに新しいものが入ってくる。そのうちに電気自動車になって、ハイブリッドに変わる。そのように具体的なものが決まると、そこに必要な基礎的な知識がその周りを取り巻くということが起きます。また、製品の新しいマーケットを作りたいというような余計な部分が付くと経済的な一つの製品が生まれてくるという方程式にもなります。

私は、学問というのも今見直さなければいけない時代になったと思うのです。工学部があり、さらに経済学部、法学部という分け方と工学、経済、法学という意識の分割がうまくいっていましたが、今はそれが変わり、先生方が皆で集まり、どうするか議論することが大事だと思うのです。

平栗統括副学長
吉川先生が言われた自動車の例は、ここ近年、機械と電気の分野がハイブリッドで融合している領域の一つの学問体系で、製品群ができています。そこに産業界の人たちが人材の確保を強く望まれているというふうに理解させていただきました。
一方で、先ほど先生のお話にもありましたように、大学というのは一つの機械とか電気という学問体系を学ぶためには少なくとも3年ぐらいは必要です。それがないと、根なし草といいますか、アプリケーションのところだけさらっと理解して、学問の本質、理論に裏打ちされたものがしっかりと身に付かないのではと危惧しています。結論から言うと、しっかり一つの学問を勉強した学部生が、大学院に進学して、そこで何かやりたいもの、学際領域となる応用のところを自分の研究というか、産業界の入口みたいなところの研究や開発に携わることによって、物事が自分事になる。そして、自発的に学んでいく。さらに必要なものを、自分の学んできた、例えば、機械工学科の学生が4力学ではない他分野の電気のこと、材料のことも理解しなければいけないと実体験することが必要になってくるのではと感じています。
射場本学長からも、多くの卒研生を社会に送り出したご経験から考える「学生を育てる」ことについて、是非お話し下さい。

「立派なガキ大将」を育てる

射場本学長
私は今回のようにお話する機会をいただく毎に、「立派なガキ大将」を育てたいと申し上げています。ガキ大将とは、目配り、気配りができる、周りの人たちの思いも含めて、自分がどうあるべきか、自分で判断して行動できるということです。
大学では、どうしても一つの指標として、成績という話が出ます。「学びて思わざれば則ち罔し」の言葉のとおり、ガキ大将になってくれと言ったときに、受け取る側の学生自身がどう解釈して、どう料理して、自分の中で判断していくかを考え、教える人を超えていってほしいという意味からも「立派な」と付けているのです。
研究室の学生は、先生の背中を見て育ちます。教える側の先生には、単に教えるだけでなく、どう咀嚼して、どう判断して、どうやるかということを伝えてほしいと常日頃思っています。

平栗統括副学長
射場本学長がよく言われる目配り、気配り、そして心配りができる学生は、大学院の研究室の運営に携わる場面、後輩の指導をする場面などでコミュニケーション力や発信力、協調性というものが養われるのではないかと感じています。
最近は、SNSやスマホを使い、文字で発信することが多い。会話でなく、決まった文字数で感情のやり取りをしているということがあります。発言する場というのでしょうか、自分の考えを人に伝える、そして相手の思いや考えを訊く場というのが、これから重要になってくるのではないかと思います。
初年次科目として、1年生に数人でのグループディスカッションの場を用意しています。テーマは学長、理事長のメッセージや、その他いろいろな分野の先生からのメッセージを聞き、グループ内で意見を伝える、聞く、そのような能力を養成します。学生間で討論し、物事をまとめる、成功体験に繋げる。そうすると、吉川先生のお話にありましたように、自分の専門だけではなくて、幅広の学問領域も、自分から学んでいくというような、自律的な学生、さらにはエンジニアが育つのかなと感じています。

対談の終りにあたり、大学で「共同して領域を越えた学問を新しく作る」ことへの期待について、吉川学術顧問から改めてお話しいただきました。

共同して新しい学問をつくることへの期待

吉川学術顧問
学問の教え方はいろいろありますが、一番大事なのは教える内容です。学問というのは、中国、あるいはギリシャの昔から、いろいろな議論の過程でこれだけが正しいのだというものが営々として作られてきました。学問は真実を求めていますから、それが真実だという、正に歴史的な宝物を次の世代に受け渡すということが、大学のミッションでした。
1960年代に起こった大学紛争の中で議論されたもの、大学紛争そのものはある意味で非常に水準の低い暴力的なものになりました。背景には、なぜ学問は権威なのか、なぜ学問は絶対に変えてはいけないものなのかということに対する若者の疑問というのがありましたが、若者自身がそれに気づかず、皆が毛沢東とかレーニンとか革命などと言っていたのです。学問の権威ということで、先生がこれが正しいのだというように教えるのが良いと思われていました。実は学問は新しい時代を迎えて変化、成長しつつあります。そのことが現代、この数年、10年位にあからさまに出てきました。
学問の使用が温暖化をもたらしてしまった。使い方が悪かったのです。学問を使用し核兵器を作って、今のような状況を生んでしまった。学問と言いますか、知識の悪用、そのようなことが起こっています。それでは、その知識そのものは一体何なのか。倫理性とか、実用でもいいのですが、そういう学問に変えなければいけないと思うのです。
そうすると、先生、そして学科も権威ではなくなります。例えば機械工学という権威が壊れ始めたとすると、その壁も壊れてしまう。私は、そのようにして一種の学問共同体というものが大学には生まれつつあると思っています。自分が学んだものは非常に正しくて宝物なのですが、皆が謙虚な気持ちになり、そこに留まっていては、結局、戦争や環境破壊など、現代的な邪悪なものを解決できないではないかと感じる。そのような人たちが、学問を作り出そう、変えよう、そう考え、同じ地平に立つのです。
学生は自発的に学び、先生は謙虚に新しい分野へ学問を広げていく。学生は学ぶのだし、先生は作っていくのですから役割は違います。いずれにしても置かれた状況は同じで、学生と先生も差がなくなり、そして学科間の差もなくなる。そういう新しい学問を共同して作る。共同体として、大学の教員と学生がお互いに尊敬し合うという基本に立つ。実際は先生のほうがずっと知識量が高いから教えるのですが、今後そのような「共同して新しい学問をつくる」という大きなターゲットを背景にした構造ができることに大いに期待したいと思います。領域を越えた新しい学問を作ること、そのことが大学の使命と言えるのではないでしょうか。


前半、後半の2回にわたり、顧問・学長対談をご覧いただきありがとうございました。

本学では、かねてから、科学技術の動向、大学のあり方、本学の教育・研究方針などを考える機会として、顧問・学長の対談を実施してきました。対談の内容を本学の未来に生かしていく所存です。
対談記事をご覧いただいた皆様には、本学の教育・研究方針などを知り、教育、大学のあり方などを考えるきっかけとしていただければ幸いです。


出席者紹介
吉川弘之学術顧問:日本学術振興会学術最高顧問、産業技術総合研究所最高顧問、2009年4月から本学学術顧問。
射場本忠彦学長:北海道大学工学部卒業、東京大学大学院工学系研究科博士課程修了、工学博士。東京電力株式会社を経て東京電機大学工学部に着任。2019年10月から現職。
平栗健二統括副学長:東京電機大学工学部卒業。同大学院工学研究科博士課程修了、工学博士。2018年4月から現職。理事・工学部教授。

本件に関するお問合せ先
事務局:学校法人東京電機大学総務部企画広報担当

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