光のものさしであるレーザー光源を用いて、マイクロ波・ミリ波発生装置の雑音を100分の1に低減

2016.05.18

光のものさしであるレーザー光源を用いて、
マイクロ波・ミリ波発生装置の雑音を100分の1に低減
~高精度なマイクロ波・ミリ波を用いた高速・大容量無線通信に向けて~

日本電信電話株式会社
学校法人東京電機大学

日本電信電話株式会社(東京都千代田区、代表取締役社長:鵜浦博夫、以下 NTT)と東京電機大学(東京都足立区、学長:安田浩)は、線スペクトルが等しい間隔で並んだレーザー光源であり、光のものさしになることが知られている光周波数コム※1を用いて、マイクロ波・ミリ波発生装置の雑音を従来の100分の1に低減することに成功しました。本研究では、光周波数コムをマイクロ波・ミリ波発生装置の雑音の高感度検出器として利用し、その雑音を減らすような制御機構を実現することにより、マイクロ波からミリ波までの広帯域な信号の雑音を大幅に低減する技術の開発に成功しました。例えば、25 GHz信号の中心周波数から1 kHz離れた周波数の雑音は、-110 dBc/Hzにまで低減でき、これは、現在の市販で最も低雑音級のマイクロ波・ミリ波発生装置に比べて、雑音を100分の1まで低減できたことを意味します。本技術を用いて発生した低雑音なマイクロ波やミリ波は、次世代の高速・大容量無線通信に貢献できると考えられます。
本成果は2016年5月17日(英国時間)に英国科学誌「サイエンティフィック・リポーツ」にて公開される予定です。
本研究の一部は独立行政法人 日本学術振興会 科学研究費助成金の助成を受けて行われました。

1.研究の背景

現代の高度情報化社会においてマイクロ波・ミリ波発生装置が担う役割は極めて大きく、無線通信からレーダー計測まであらゆる電子計測機器の内部に広く活用されています。近年、レーダー計測、無線通信、精密分光の分野でより低雑音なマイクロ波やミリ波が必要とされています。しかしながら、市販のマイクロ波・ミリ波の発生装置は、水晶発振器(基本周波数10 MHz)として知られる発振器の周波数を整数倍して、必要とする周波数を発生させる方法を取っているため、雑音も増加します。例えば、1 GHzのマイクロ波を発生させる場合は、10 MHzの水晶発振器で発生する雑音が10,000倍に拡大されてしまいます。

このマイクロ波やミリ波信号の雑音を低減するには、それよりも低い雑音の何らかの基準信号と、その基準信号との雑音の差を検出する技術、およびその差を用いてマイクロ波・ミリ波発生装置にフィードバックして信号源の雑音を低減する技術とが必要です。高精度なマイクロ波の基準としてはカーナビにも利用されているGPS信号がありますが、GPS信号の周波数も10 MHzであるため、上記の応用で重要な数十GHz帯では、雑音が拡大します。一方、NTT物性科学基礎研究所(以下、NTT物性研)では、線スペクトルが等しい間隔で並んだレーザー光源であり、光のものさしになる光周波数コムに注目し、25 GHz周波数間隔の光周波数コム※1を開発してきました(図1)。我々が開発しているこの位相変調器ベース光周波数コム※2は、一般的なモード同期レーザーベース光周波数コムとは異なり、数十GHzの高繰返しかつ繰返し周波数が可変のパルス列の発生が容易に実現できますが、中心波長から離れるに従って、雑音が増幅され、スペクトル幅が拡大されるという問題点がありました(図2)。

2.研究の成果

本研究では、この雑音増幅に伴ってスペクトル幅が拡大される、位相変調器ベース光周波数コムの問題点を利用して、高感度な「雑音検出器」として用いることで、従来よりも低雑音な周波数可変マイクロ波・ミリ波を発生させるアイデアの原理実証に成功すると共に、位相変調器ベース光周波数コムの問題点を克服しました(図3)。マイクロ波・ミリ波の雑音は、25 GHz信号の中心周波数から1 kHz離れた周波数の雑音は、-110 dBc/Hz※3にまで低減できました。これは、市販で最も低雑音級のマイクロ波・ミリ波発生装置よりも雑音を100分の1まで低減できたことになります。半導体レーザーの中心波長から、より大きく離れた波長の参照レーザーを用いれば、更に雑音を低減することも可能です。また、本技術の汎用性を示すために、低雑音化されたマイクロ波・ミリ波発生装置の発振周波数の可変範囲の拡大を図り、6-72 GHzの帯域で連続可変することにも成功しました。

3.技術のポイント

(1)25 GHz繰返し短パルスを用いた広帯域光発生(NTT物性研・東京電機大学)

本研究では、広いスペクトル帯域の光周波数コムが必要なため、短い時間幅の光パルスを発生させました。最初に、半導体レーザー(レーザーのスペクトル幅800 Hz)からの出力光に対して、25 GHzの周期で駆動する6台の位相変調器を用いてレーザー出力光のスペクトルの幅を拡大させ、光ファイバーを用いて各波長の伝搬速度を制御することで短パルス化します。更なる短パルス化を行う為に、光増幅器内部での増幅に伴う非線形効果を利用して、段階的にスペクトルを広げていくことで、スペクトル帯域幅の拡大を図り、200フェムト秒(10-15 s)程度まで短パルス化する手法を開発しました。その後、非線形ファイバーと呼ばれる光ファイバーを用いて広帯域光を発生させます。

(2)マイクロ波・ミリ波発生装置の雑音低減(NTT物性研)

光周波数コムと、スペクトル幅が狭く雑音が低い参照レーザー(基準レーザー)との干渉によって光周波数コムのスペクトル上で増幅された雑音情報を電気信号に変換することでマイクロ波・ミリ波発生装置の雑音を高感度に検出します。その信号を用いて、マイクロ波・ミリ波発生装置の雑音を低減します(図3)。位相変調器ベース光周波数コムのスペクトル幅はマイクロ波・ミリ波発生装置の雑音を反映しており、中心波長から離れるにしたがって雑音が大きくなり、スペクトル幅も太くなります。従って、雑音の検出のために中心波長から大きく離れたスペクトルを利用すると、マイクロ波・ミリ波発生装置の雑音をより大きく低減できるという特徴があり、その原理実証をしました(図4)。図4は半導体レーザーの中心波長から10本と278本離れた光周波数コムを用いたときの25 GHz正弦波信号の雑音を示しています。278本離れたスペクトルを用いると、市販で最も低雑音級のマイクロ波・ミリ波発生装置(GPS同期)の雑音よりも大幅に低減できました。更に、光周波数コムの光源を半導体レーザーから狭線幅レーザー(線幅1 Hz)に変更すると、25 GHz信号の中心周波数から1 kHz離れた周波数での雑音は、-110 dBc/Hzまで低減できました。また、本結果を拡張し、3277本離れると、10,000分の1までの雑音低減が可能であることもシミュレーションにより明らかにしました。

マイクロ波やミリ波の周波数をさらに広範囲に連続に可変するには、2台の電圧制御発振器(VCO)‍※‍‍4を用います。25 GHz信号発生用のVCOを用い、それに周波数可変用のもう1台のVCOを加えることで6-72 GHzまで周波数を変えることができます。本実験では、6-72 GHzまで周波数を変化させ、マイクロ波からミリ波の各周波数において、マイクロ波・ミリ波発生装置の雑音が低減することを実証し、各周波数の雑音を大幅に低減することができました(図5)。

4.今後の展開

今回実証した低雑音なマイクロ波やミリ波は、従来のマイクロ波やミリ波発生装置の雑音を100分の1に低減するものです。今後は、半導体レーザーの中心波長から、より大きく離れた波長の参照レーザーを用いることにより、市販で最も低雑音級のマイクロ波・ミリ波発生装置の雑音よりも10,000分の1まで低雑音化されたマイクロ波・ミリ波発生技術の確立を目指します。本研究において確立した低雑音なマイクロ波・ミリ波発生技術を用いて、次世代の高速・大容量無線通信や周波数・時刻同期技術の精度を向上するための研究開発を続けていく予定です。

【論文掲載情報】
A. Ishizawa, T. Nishikawa, T. Goto, K. Hitachi, T. Sogawa, and H. Gotoh, “Ultralow-phase-noise millimetre-wave signal generator assisted with an electro-optics-modulator-based optical frequency comb” Scientific Reports (2016)

【用語解説】
※1 光周波数コム
 光周波数コムとは、2005年ノーベル物理学賞の受賞テーマであり、長さの国家標準から天文学まで幅広い分野で応用されています。パルス繰返しレーザーは、周波数軸上で線スペクトルが等間隔に並んでいます。これが櫛状に見え、定規の目盛にも似ていることから、光周波数コム(コムは櫛のこと)、あるいは、光のものさしと呼ばれています(図1)。

※2 位相変調器ベース光周波数コム
 光周波数コムのレーザー光源はモード同期チタンサファイアレーザー、モード同期ファイバーレーザー、位相変調レーザー等があります。世の中に広く普及している一般的な方法であるモード同期レーザーベース光周波数コムは、光共振器を用いるため、繰返し周波数は低く100 MHz程度でほぼ固定です。一方、我々は、光の位相を変化させる機能を持つ、位相変調器を用いて光周波数コムを発生する方法に着目しました。この位相変調器ベース光周波数コムは、繰返しパルス列の発生に光共振器を用いないために共振器長の制限を受けず、数十GHzの高繰返しかつ繰返し可変のパルス列の発生が容易に実現できます(図2)。

※3 雑音単位[dBc/Hz]
 マイクロ波やミリ波の雑音はdBc/Hz単位で表され、発振周波数から1 Hz帯域幅での電力信号で規格化されています。

※4 電圧制御発振器(VCO)
 電圧制御発振器(VCO)は、入力した直流電圧によって発振周波数を制御できる可変周波数発振器のことです。可変容量ダイオードに印加される電圧が変わると、ダイオードの静電容量が変化する為、共振周波数が変化し、発振周波数が変化します。

<本件に関する問い合わせ先>
日本電信電話株式会社
先端技術総合研究所 広報担当
a-info@lab.ntt.co.jp
℡046-240-5157

学校法人東京電機大学
総務部企画広報担当
keiei@jim.dendai.ac.jp
℡03-5284-5125

図1 図1 光周波数コム

図2 図2 時間・周波数領域でのレーザーパルス

図3 図3 マイクロ波・ミリ波発生装置の雑音低減

図4 25 GHzマイクロ波・ミリ波信号発生器の位相雑音低減 図4 25 GHzマイクロ波・ミリ波信号発生器の位相雑音低減

図5 連続周波数可変な低位相雑音マイクロ波・ミリ波信号発生(6-72 GHz) 図5 連続周波数可変な低位相雑音マイクロ波・ミリ波信号発生(6-72 GHz)