世界最高速度な無線通信エリア推定技術の開発に成功

2022.12.05

(報道発表資料)

世界最高速度な無線通信エリア推定技術の開発に成功
~IOWN時代の高品質でナチュラルな無線通信サービス創出に寄与~

日本電信電話株式会社
学校法人東京電機大学

日本電信電話株式会社(本社:東京都千代田区、代表取締役社長:島田 明、以下「NTT」)と東京電機大学(本部:東京都足立区、学長:射場本 忠彦、以下、「電機大」)は、無線通信エリア推定に必須となる電波伝搬シミュレーションを世界最高速度で可能とする技術を開発しました。
6G/IOWN時代における高品質な無線環境の実現に向けて、無線通信エリア推定技術の一層の高度化が求められています。通常、無線通信エリア推定は無線通信方式のパラメータおよび動作を考慮した電波伝搬シミュレーションにより実施されています。本技術により、従来技術の100万分の1以上に計算時間が削減できるため、環境変化に対する無線通信エリアの変化を瞬時に推定できることとなります。これにより、6G/IOWN時代における無線の安定的な構築・運用の実現、さらにはそれを前提とした新たなサービス創出への寄与が期待されます。

本技術の詳細は2022年12月4日からブラジル・リオデジャネイロで開催されるIEEE(米国電気電子学会)の無線分野の難関国際会議として知られるGLOBECOM2022(Global Communications Conference)に採録されており、2022年12月5日に発表を予定しています。

1.背景

無線システムの品質を確保するためには、電波の送信機から発信された無線信号が空間を伝わってある一定以上のレベルで電波の受信機で受信されることが必要です。電波の送信機と受信機が直接見通せるような状況では電波のレベルは高く受信可能ですが、電波の送信機と受信機が直接見通せないような状況では、反射や回折により電波の受信レベルは低下してしまいます。このような場所においても無線システムの品質を確保するためには、電波伝搬に基づいた無線通信エリアの設計や制御を行うことが重要となります。さらに、送信機から受信機までの空間に存在する複数の経路を経由して受信される電波を雑音レベルまで把握することにより、無線システムの性能を限界まで引き出すことが可能となります。
近年、無線システムに要求されるユースケースは、周囲の構造物の配置が時々刻々と変化するなかで無線システムを搭載したセンサーやロボットなどが動き回る産業用ユースケースなど、複雑な環境へ拡大しています。このような複雑な環境においても様々なデバイスが接続された無線システムそれぞれが安定した通信品質を維持するためには、状況の変化に即応できる高精度な電波伝搬シミュレーションが必要です。
電波伝搬シミュレーション手法として世界中で広く使われているレイトレース法(※1)は、電子的にモデル化された建物や什器などの構造物に対して電波の反射や回折現象を考慮して、場所固有の受信レベルの推定につながる伝搬損失を高精度に計算する手法です。レイトレース法のアルゴリズムは、送受信アンテナ間の反射点や回折点を含む電波が飛ぶ経路となる伝搬路探索が基本となります。そして、伝搬する距離による電波の減衰のほか、経路上で発生する反射や回折などによって発生する付加損失が考慮されます。無線信号が複数の伝搬路を通り受信機へと到来するマルチパス環境では、ひとつひとつの伝搬路に対してこれら伝搬路探索と反射や回折などの作用について計算を行う必要があります。

2.研究成果

マルチパス環境においては、反射や回折を経由せずに送信アンテナから受信アンテナまで直接届く電波のほか、周囲の建物などの構造物で複数回反射された電波など複数の伝搬経路を経由した電波が受信アンテナに到来し、それらが合成されたものが伝搬損失となります。レイトレース法ではこれら到来波の伝搬経路を構造物の面の組合せより求めます。一般的には、構造物の面数が𝑀の場合、反射や回折が𝑁回の伝搬経路の候補数は𝑀(𝑀-1)N-1であり、𝑁に対して指数関数的に候補数が増加します。そして、反射や回折のたびに付加損失が発生するために、𝑁が大きくなるに従い、これら候補の中から伝搬損失に影響を与える伝搬経路は少なくなっていきます。したがって、レイトレース法では、与えられた条件下で伝搬損失の小さい主要な伝搬経路を高速に見つけ出すことは、計算量が膨大となることから、既存のコンピュータで計算することが現実的には不可能でした。
近年、最短経路探索問題のような組合せ最適化問題に対して超高速処理が可能なアニーリングマシン(※2)が既に実用化され、注目が集まっています。そこで、レイトレース法のような電波の経路探索を伴う伝搬損失計算を、一般的な出発点から𝑁地点を経由して到着点に至る最短経路探索問題と組合せることで伝搬損失が最小となる経路を逐次探索する問題に帰着させました(図1)。そして、伝搬の基本現象である電波の散乱現象をアニーリングマシンで実行可能なQUBO(※3)(Quadratic Unconstrained Binary Optimization, 二次無制約二値最適化)形式で記述することに成功しました。一般的な最短経路探索問題では最短となる唯一の経路を探索することになりますが、伝搬損失最小経路の逐次探索問題では同一条件下で複数の伝搬経路を探索する必要があります。また、その経路探索規模は構造物の数と散乱回数の2つの要素で決定される点も異なります。そこで、伝搬損失の小さいものから順次伝搬経路を探索するための制約条件を定式化し、QUBO形式で記述する技術も確立しました。これらQUBOモデル(以下、「伝搬QUBOモデル」)の確立により、アニーリングマシン上で動作する電波伝搬シミュレーションが実施可能となりました。

今回技術確立した伝搬QUBOモデルの有効性を明らかにするために、構造物を水平面内に2次元配置し、シミュレーテッドアニーリング法(※4)を用いて動作検証を行いました。総当たり探索と伝搬QUBOモデルによる経路探索で伝搬損失が小さい順に結果を並べたところ、2つの探索結果は完全に一致することを確認できたことから、伝搬QUBOモデルの有効性が確認できました(図2)。また、構造物数を500、散乱回数を9回とした場合、総伝搬経路数は500×4998=1.9×1024となり、従来は現実的な時間で計算不可能となる組合せ数でしたが、本モデルをシミュレーテッドアニーリング法に適用することで計算が完了したことから、計算時間削減の効果を確認できました(図3)。

なお、本技術はNTTがコンセプト提案と評価、電機大が理論設計を担当し、共同研究の取り組みによって進められた研究成果となります。

3.本技術が提供する価値

今回の結果により、電波の散乱回数を従来よりも大きく設定できることから、これまでより低レベルの受信電力推定を実現することが可能となり、高精度な無線通信エリア推定が雑音レベルまで実現できることになります。これにより、基地局配置の一層の適正化とそれに付随する省電力化の実現が期待できます。また、すでに設置されている基地局の周囲に新たな構造物が建設された際や端末側において車両などにより電波の遮蔽が発生した際には無線通信エリアが変化します。本技術による計算速度の超高速化により従来技術の100万分の1以上に計算時間が削減できるため、環境変化に対する無線通信エリアの変化を瞬時に推定できることが可能になり、産業用ユースケースなどの複雑な環境においてリアルタイムレベルかつ無線の品質推定の実現に繋がります。さらに、このような無線の品質推定に基づいた基地局や端末の制御により、高速・大容量・低遅延で繋がり続ける無線システムの安定性を飛躍的に向上させることが可能となるため、6G/IOWN時代における無線を活用した新たなサービス創出への寄与が期待されます。

4.今後の展望

今後は6G/IOWN時代における無線システムの新たなユースケースへの適用や新たなサービス創出に向けて、本技術のアルゴリズム改良や実際のアニーリングマシンによる本技術の動作検証を進めてまいります。


※1 レイトレース法
送信点から受信点までの電波の伝搬経路を幾何学的な光線として近似的にモデル化することにより、受信電力などの電波伝搬特性を求める手法
※2 アニーリングマシン
最適化問題の近似解を求めることに特化したコンピュータの一種であり、NTTが開発を進める次世代光イジングマシンLASOLVはアニーリングマシンの一つ
※3 QUBO
2次式の値が最小になるように各変数に0と1のバイナリ変数割り当てを求める2次多項式問題
※4 シミュレーテッドアニーリング法
確率的探索を用いて最適化問題を解く汎用近似解法の一つ

<本件に関する報道機関からのお問い合わせ先>

日本電信電話株式会社
情報ネットワーク総合研究所 広報担当
nttrd-pr※ml.ntt.com

学校法人東京電機大学
総務部 企画広報担当
keiei※jim.dendai.ac.jp

※上記の※は@に置き換えてください。