2017.12.18
教育改善推進室主催、平成29年度FD/SDセミナーは<高大接続の観点でみる中高段階における創造性教育の現状>と題して、品川女子学院教頭 石井豊彦先生と東京電機大学中学校・高等学校教頭 平川吉治先生をお招きしました。各校の総合学習時間を利用した取り組みとして、品川女子学院からは「28project」のご紹介をして頂き、電機大学中学校・高等学校からは昨年度から続く「TDU 4D-Lab」のその後の展開をご紹介頂きました。
(2017年11月13日に開催した内容を編集したものです)
品川区にある創立92周年になる私立の女子中高一貫校。1学年が約200名、6学年合計約1300人が在籍。「社会で活躍する女性を育てる」という思いのもと「28project」を設立し女子教育に力を注いでいる。
本校の総合的な学習の時間を中心に活用した「28project」をご紹介します。2003年に誕生したプロジェクトで、女子のキャリア教育に重点をおいております。この「28」という数字は年齢をあらわしています。28歳頃という年齢は多くの女性が転換期を迎える時期でもあります。大学を卒業し就職、そして仕事では充実し始め、結婚や出産を通じて仕事や家事、子育てと様々な選択を求められる頃です。このことは男性には無い将来です。そのような将来に自分はどのような選択をするのか。大学進学を目標にするのではなく、28歳になったときに自分はどのような所でどのような仲間と、どのような生き方をしたいのか。そのことを生徒に考えてもらいたいと思い始めたプロジェクトです。
小学生に将来の夢は何かと尋ねると、大抵はケーキ屋さんや野球選手などという答えが返ってきます。彼らはなぜそのように答えるのでしょうか。それは彼らは世の中にどのような業種や職業があるのかを知らないからです。これは生徒も一緒です。仕事のイメージを生徒に聞くと、「お金を稼ぐことであり、辛く大変だが我慢しながら頑張ること」という返事が返ってきます。しかしこれは本当にそうでしょうか。
仕事をする組織である会社にはカンパニーミッション(企業の使命)があります。例えば食品会社なら美味しい物を作る。靴メーカーであればファッションを楽しんでもらうというように、企業、役所、NPOなどどのような職場でも、様々な使命を持ち活動をしています。28projectは、仕事の本質は社会貢献であると学ぶことから始めます。
しかし我々教員は社会というものをよく知りません。教育においては熱意を持っていますが、他の世界のことは殆ど知りません。そのような教員がいくら社会の話を生徒へ投げかけても説得力がありません。そこで我々が考えたのは生徒に本物を見せて「ロールモデル」を持たせよういうことです。
生徒は憧れている人物(ロールモデル)からの発信はとても素直に聞くことができます。そこで我々は実社会で活躍している方を学校にお招きして、特別講義を行ってもらうことを考えました。各先生方へは、生徒のために呼びたい方がいるのであれば、校長・教頭の許可なく呼んでいいと伝えてあります。ただし特別講義をして頂ける方への報酬はありません。無償でも来て頂けることが前提です。無償と聞くと驚かれると思いますが、実は社会の第一線で活躍しておられる方は、次世代を担う若者たちにご自身の話を聞いてもらいたいと考えている方が多く、たとえば石破茂元大臣やジャーナリストの池上彰氏など大変多忙な方々にもご来校いただくことができました。この特別講義に参加した生徒は本物を目の前にし、素晴らしい講義を聞くと目が輝いていきます。この本物に触れる機会を更に増やしたものが企業とのコラボレーションです。
特別授業は希望者対象でしたが、学年全員が一緒に何かできないかと考え「企業コラボレーション」を始めました。中学3年生の各クラスに企業側から若手女性社員を派遣して入ってもらい、生徒との共同活動を通じて、将来のロールモデルとなって頂くことを意識しました。たとえばキューピーの方に来て頂いたときは、「朝食離れが進むなかで手軽に食べられる朝食用商品を考える企画」を生徒と一緒に取り組んでもらいました。まず、各クラスで4~6名の班に分かれ商品企画を考え、その後クラス内でプレゼンを行い、クラス代表を決めます。その後学年全体でコンペをし、選ばれた班の企画がキューピーとのコラボ商品となり全国に発売されました。自分達で考えた商品が本当に全国販売されるという、生徒たちにとってこんなに嬉しいことはありません。しかし世の中に商品が出ることが重要なのではありません。そこに至るまでに沢山の大人が自分たちを褒めてくれたり、認めてくれたりする。このプロセスが非常に重要だと考えます。
森永製菓との企業コラボレーションをしたときのエピソードですが、社員の方が「パッケージは何色が良いと思いますか」と尋ねました。そこへある生徒が「ピンクがいい」と答えたのです。「何故ピンク色なのか?」と尋ねると生徒は「私の好きな色だから」と答えました。社員の方は「個人的な好みで商品化はできません。たとえば『ピンクは女子中高生が選ぶ色という統計があり選びました。』と根拠を示して説明できなければ企業は商品化しません」と教えてくれたのです。企業側も自社工場を本当に使うので、自社に迷惑がかかるような突飛なものはできません。ですから社員の方もとても真剣にこの活動に取り組んでくれます。本気の大人が自分達に真剣に接してくれる。このことが生徒にとっては驚きであり、自分が将来働く社会をイメージできる機会となるのです。
会社とは「社会に貢献する組織である」と学びました。そこで次に行うことは起業体験です。高校1年生と2年生が各クラスごとに、文化祭で活動する会社を起業します。まずは春休みに個人で企画書を書くことから始めます。新学期に新しいクラスでお互いの企画書を発表し、クラス内で一番良いと思う企画案を決めます。その後クラス内で社長、会計や広報、営業などの組織を作り、企業理念を共有して活動を開始します。文化祭ではクラス全員が株主となり、利益が出れば配当金を配り解散します。起業するには元手が必要ですが、融資を行う銀行の役割は学校が行います。学校は生徒たちのプレゼンを評価し、高く評価された企業理念をもったクラスには利息を減らすことや、文化祭で良い出店場所を使用する権利を与えます。生徒たちには営業活動を通じて起業することは誰のためになるのか、世の中に貢献できるのかを考える機会になります。そして文化祭終了後には表彰クラスを決めます。昨年度の優秀賞のクラスは、歯周病をふせいで国民の医療費を抑えることを企業理念とし、歯周病をふせぐための手段としてデンタルフロスを販売しました。ここには社会に貢献する意識がありました。
28projectを始めてからは、生徒の進学先(学部)の選択幅が広くなりました。以前は文学部が6割を占めておりましたが、今では経済学部や理工学部、あるいは政経学部など、自分の興味関心や適性から将来を見据え、進学先を選ぶようになっています。このことは28projectにおける大きな成果と考えております。現在の子供たちの多くが、親世代には想像もできないような職業に就くとも言われています。未知なる将来ではありますが、自分が興味を持っていること、あるいは周囲に感謝されることで実感ややりがいを持って仕事をしていれば、毎日が充実していくと思われます。たとえ身につけたものが将来使えない技術になってしまったとしても、「何をすれば人の役に立つのであろうか」と考え、世の中の動きに常にアンテナを張り、思考して行動できる。どう生きるかを真剣に考えることのできる人物になって欲しいと考えています。
校訓に「人間らしく生きる」を掲げている。中学500名高校750名の学校。東小金井駅から徒歩5分。かつては男子校だったが現在は共学校。進学先は理系が7割。
・学年の枠を取り払い中学生・高校生が一緒に活動する課題探究学習(総合的な学習時間)。
・大学における「研究室(Laboratory)」をイメージして、これを中高生向けにデザインした活動
・三次元を意味する3Dに、「時間」の概念を加えた4D(四次元)を冠することで「社会における普遍性」の意味を込めている。
・42の課題テーマを設定している。
高校卒業から大学入学、そして社会人になる将来に向け、社会で必要とされる力を身につけるための学年横断型のプログラム。視野の広さ、冒険心、向上心、共感、専門性と5つの力を育成するための総合学習の科目。
過去のFD/SDセミナーでご紹介した「TDU 4D-Lab」の取り組み内容はこちらからご覧頂けます。
視野の広さ、冒険心、向上心、共感、専門性、5つの力を生徒に身につけさせたいと始めたラボです。自分達で課題を見つけ、教員が生徒の活動の後押しをする。そのような活動にしたいと思っていますが、やはり上手くいったラボばかりではなく問題点はあります。
一つは教員のファシリテーターとしての指導力です。このことは昨年度のFD/SDセミナーでも申し上げましたが、教員のファシリテーターとしてのスキルアップのため勉強会を継続的に行っています。TDU 4D-Labは生徒主体で行ってほしい活動であるので、教員には生徒の活動に過度に干渉しないよう伝えています。しかし教員側が指導を行わないと、生徒は集まっただけで何も話がまとまらないまま一日が終わってしまったという声を聞きました。ですから教員側もファシリテーション能力の向上や、うまくいったラボの先生の話を全員で共有するなど指導方法向上を目指しています。
そして今年はラボの活動を評価するためのルーブリック(評価のための枠組み)を作成致しました。かなり細かく設定致しましたが、これは生徒を評価することが目的ではなく、教員が生徒につけてもらいと考えている5つの力を意識してもらうために、目で見えるように記したものだと考えています。そして生徒側にも自己評価をする際、自分の得意・不得意を知り、一つでも上の評価になることで達成感を得られるような使い方を考えております。
TDU 4D-Labの成果をどこに求めるのかは一番悩むところです。やはり結果が華やかなものが、学外の方の目を引くことは確かです。失敗ばかりしているラボもあります。しかしながら我々は生徒の失敗を奨励しています。沢山失敗して「ではどうすれば良いのか」と多いに試行錯誤して次につなげるように考えてくれれば良いと思っています。このことは外部の方には少々物足りなく映ります。始めてまだ2年目の活動ですので、何年か続けて卒業生が出れば、結果がどのようになるのかが見えてくると考えています。
両校の先生方をパネリストに迎え、参加者とディスカッションを行いました。
【石井先生】
自分の将来はこうでありたいと思える未来を見つけること。そこへ向かうには誰の協力を得て、どのような勉強をすれば良いのか。生徒は自分で努力をして、頑張って何かを掴んだときには、自分だけのものにせず周りの人間にそれを発信したくなる。本校を卒業した生徒が社会で活躍し、また本校に戻ってきて特別講義をしてくれたらこんなに素晴らしいことは無いと思います。
【平川先生】
4D-Labは失敗をしても良い場所作りを目指しています。今の子どもは大人の評価を恐れるあまり極端に失敗を恐れます。失敗しないということは挑戦もしていないということです。失敗がなければ成功もありません。大学や社会に出たときに周囲の評価を気にして萎縮していたら、自分の居場所を見つけることも難しい。失敗体験と成功体験を繰り返しながら、自分には何ができるかを考えられるようになってもらいたいと考えています。
【石井先生】
当校には生徒の笑顔のために動くことのできる教員が数多くいます。未来に目標があると生徒も教員も変わります。28projectは委員会や責任者がいるような組織的に推進されたものではありません。良い物があれば残し、うまく行かなかったことはやめ、情報を共有しながらスクラップ&ビルドでここまできました。
【平川先生】
4D-Labの前身は中学3年生で行っていた卒業研究です。この卒業研究は一定の評価を得ていました。それを学年横断型にした上で発展させたものが4D-Labですから異論はでませんでした。しかし計画の進め方は慎重にならなければ、良いものができないという認識はありました。ですから一つ一つ問題点をつぶしながらここまで進めてきました。
【石井先生】
確かにグループワークが苦手な生徒はいます。当校では代表委員などを決める際、立候補制を取り入れています。クラスから代表を選ぶ際、それをじゃんけんで決めるような組織は強い結束を生むことはできません。例えばおとなしい生徒がいて、一人では立候補できないとしたら、そこへ仲の良い友人を「一緒に立候補しようよ」と巻き込んでいく。誰でも立候補できるようなチャンスを沢山用意し、グループワークになじめない生徒も自らの意思で参加できるようにしています。学校には男子生徒がいないので力仕事を含め「誰かがやらないといけない」という女子校独特の世界観があります。
【平川先生】
やはり生徒の中にも探究学習が得意な生徒と苦手な生徒がいます。話し合いをしていてもなかなか輪に入れない。しかし無理強いをするのではなく別の役割を与えて、そういった生徒も少しずつステップアップしてくれれば良いと考えています。そのためのルーブリックではないかと思っています。このルーブリックを教員に渡す際には「全ての生徒がS判定を目指すものではない」と言う話をしました。今の生徒の状態が一つでも上に行けることを確認することがルーブリックなので、このルーブリックは教員が生徒を評価するというよりは、生徒が自分の自己評価で使うこともあります。
【石井先生】
高校では体験できない、大学ならではの失敗と揉め事を多く体験させて欲しいことです。失敗はチャレンジした証であり、揉め事は考えの違う人と共同活動するときに起こり、新たな価値観との出会いといえます。ですから失敗も揉め事も無いような4年間を過ごして欲しくありません。多様性という言葉を最近多く耳にしますが、この多様性がある世の中で生きていくということは、自分自身をしっかり持つことと相手をきちんと理解することが重要です。様々な人々が集まることで生じる揉め事を沢山経験し、社会に通用する人材となって卒業して欲しいと思っています。
【平川先生】
理系大学では実験等で試行錯誤しながら学習することが多いと思います。そういった取組みを数多く作り、学生自身を見守って頂きたいと思います。中には一歩をなかなか踏み出すことができない生徒もいます。しかし頭の中では、踏み出す勇気を模索しているのではないかと思います。そういう生徒にも目を向けて頂いて、失敗するチャンスを与えて頂きたいと思います。
以上が石井先生と平川先生のお話です。高校では総合学習の時間を利用し、学校独自の運営でアクティブラーニング型の活動をすることが増えています。グループディスカッションや失敗体験、リーダーシップ。そのようなことを繰り返し経験させながら、生徒の成長を願う中学校・高等学校の姿勢は大学側も取り入れるべき姿ではないかと感じました。