FD/SDセミナーレポート「イノベーションワークショップ×理工系人材の可能性」堀井秀之 先生

2017.02.09

教育改善推進室開催の平成28年度FD/SDセミナーは『東京大学 教授 堀井秀之先生』をお招きして<イノベーションワークショップ×理工系人材の可能性>と題して、大学教育に活かせるイノベーション教育について講義とワークショップを行いました。堀井先生が運営されている東京大学i.schoolの取組みをご紹介をします。
(2016年9月20日に開催した内容を編集したものです)

堀井 秀之 先生堀井 秀之 先生

<堀井秀之 先生 ご紹介>
東京大学大学院工学系研究科社会基盤学専攻教授
東京大学 i.schoolエグゼクティブ・ディレクター

<東京大学 i.school ご紹介>
東京大学知の構造化センターが主宰している、イノベーション人材育成を目的とした教育プロジェクト。文部科学省のグローバルアントレプレナー育成促進事業に採択。イノベーション創出の活性化の為、大学等の研究開発成果を基にしたベンチャーの創業や既存企業における新事業の創出を促進する人材の育成、関係機関によるイノベーション・エコシステムの形成を目的としている事業。

持続的イノベーションと破壊的イノベーション

イノベーションと一言で言いましても、種類があることを先にお伝えします。まずは「持続的イノベーション」です。「持続的イノベーション」とは既存の製品やサービスに対して、その性能や品質を高めることによって引き起こるイノベーションのことです。「テレビ」を例に例えると白黒テレビからカラーテレビになり、液晶テレビになっていった。技術革新によって新しいものが生まれるが「テレビ」というそのものは変わっていません。しかし「持続的イノベーション」を続けていると、顧客が求める以上の過剰サービスになることがあります。もう 一方、「破壊的イノベーション」とは当初は性能が低く既存の顧客には魅力的には映りませんが、利便性など新たな価値を提供することにより、既存顧客を取り込んでいくイノベーションのことです。例をあげますとアップル社のiPhoneは、発表当初は他の携帯電話と異なる価値を提供した「破壊的イノベーション」でした。その後、現在のiPhone7に至るまでは「持続的イノベーション」ということになります。

なぜ日本企業からヒット商品が生まれなくなったのか

画像出典:株式会社翔泳社より画像出典:株式会社翔泳社より

この答えはハーバード大学のクリステンセン教授の講義がわかりやすいのでそれをお伝えします。
大企業と小企業ではイノベーションの起こり方が違う。今の日本の大企業は「持続的イノベーション」に囚われすぎてしまっているのではないか。大企業は既存市場と顧客があり、自社の資源・プロセス・価値基準に囚われてしまい新しい価値を見出すことが難しくなっている。一方、新興小企業は既存の市場に入り込むことは難しい。しかし自社の資源・プロセス・価値基準に囚われていないので「破壊的イノベーション」を生み出しやすく、新たな市場を切り開くことに優れている。
日本の企業が「破壊的イノベーション」を起こせるようになるには、資源(人材)×プロセス(過程)×価値基準をどのように組み合わせれば良いのか。新しい価値基準と既存事業をどうやって共存させていくのか。このことが企業にとっての大きな課題となっています。

人間中心イノベーションと技術中心イノベーション

イノベーションにも種類があるので区別しないといけません。一つ目は先ほど申し上げた「破壊的イノベーション」と「持続的イノベーション」。二つ目は「人間中心イノベーション」と「技術中心イノベーション」。これを4つの領域に分けたところ、破壊的かつ人間中心のイノベーションの代表格がソニーのウォークマンです。それまで音楽はテープレコーダーのように録音する機械がメインだったところ、自分の好きな音楽を持ち運び楽しめるようになった。今では音楽を持ち運ぶライフスタイルは当たり前になっていますが、ソニーのウォークマンが初めて「音楽を持ち運ぶスタイル」を提案しました。決して新しい技術を導入したのではなく、録音するという装置を取り除くことによってできた商品です。そして、今の日本の大企業が得意としているのが「持続的イノベーション」×「技術中心イノベーション」ですが、その領域のみではやはり限界があります。そこでかつて日本が得意としていた「破壊的イノベーション」×「人間中心イノベーション」を生み出していきたい。そういった人材の育成をしようとしているのがi.schoolです。

  破壊的イノベーション 持続的イノベーション
人間中心
イノベーション
この領域
・ウォークマン
・Wii  等
・トイレウォシュレット 等
技術中心
イノベーション
・トランジスタラジオ
・トリニトロンテレビ 等
大企業が得意な分野

i.schoolのワークショップ体験

20160920FD資料02

<体験ワークショップ1>
「デパートでの新しいサービスを考える」(3分間)
このテーマについて、個人でアイデア出しワークを行った。3分間でできるだけ沢山のアイデアを出す「数の勝負」を体験。

<堀井先生のお話>
人間は新しいものを考える力があるので、数の勝負をするとけっこうアイデアは出てくるものです。しかしそのアイデアの質を高めるためにはどうしたら良いのか。i.schoolは長年そのことを課題として取り組んできました。そこで次はアナロジー発想でアイデア出しをやってみたいと思います。ではアナロジー発想とは何でしょうか。企業での例をあげたいと思います。ひとつはAmazonです。Amazonではユーザーの閲覧や購入履歴を分析し、各消費者にお勧め商品を提案しています。全員に同じ商品を提示するのではなく各個人にカスタマイズされた価値を提供している。そして次に回転寿司のくら寿司の例をあげます。くら寿司では皿の下につけたQRコード(当時)を読み取り、顧客(グループ形態・年代等)がどのネタをどのタイミングで選んだかデータ分析を行い、各個人にカスタマイズされたネタを効率よく提供しています。このことで顧客には欲しいネタがよく回ってくることになり、同時に廃棄の数を減らすことができます。2つは異なる領域のサービスですが、同一の「価値提供のメカニズム」であると考えることができます。

<体験ワークショップ2>
「デパートでの新しいサービスを考える」(3分間)
先ほどの「数の勝負」ではなく、今度はいかに顧客に満足して貰えるようなサービスを考えられるかという「質の勝負」を行った。

<堀井先生のお話>
1回目と2回目を比べてどちらの方が発想しやすいですか?どちらの方が良いアイデアが生まれそうですか?i.schoolでも進め方よって結果が変わってきます。今回はアナロジー発想で行いましたが他にも色々なやり方があります。繰り返し体験し、発想のトレーニングすることで良いアイデアが生まれる可能性が高まります。

<体験ワークショップ3>
「提供価値の上位概念化」(30分間)
机上に配られた10種類の企業カード(サービス名と概要が書かれている)を分類し、グループ化したものに分かりやすい「概念(呼び名)」をつける作業を行った。
先ほどの例にあったようなAmazonとくら寿司では異なった業界ながら、顧客に対するカスタマイズ提供という点では同じであった。このことを「テーラーメード提案」と呼ぶことにし、同じグループに属することにする。このように、一見違う業界のようであるが同じ価値を提供していると思われるものを分類し、その後それぞれラベル(どのようなグループなのかを表す呼び名)をつけていく作業。名前をつける時の注意点として、一言でわかるような「ことわざ」程度が調度よい文字数であるとアドバイスを受けた。

<体験ワークショップ4>
「アイデア発想」(30分間)
今度は別のカードを使ってのアイデア出しのワークを行った。カードには美容・医療・教育・結婚などのテーマが書かれており、各グループで一つのテーマを選択。その後、個人でアナロジー発想を用いて新しい「集合知サービス」を考えるアイデア発想を行った。グループでの話し合いではなく、完全に個人でのワークにする理由は、他者の意見を聞くことで脳のワーキングメモリを消費してしまうため。脳をアイデア発想に使えるようにするため、個人で考えることが重要であると説明を受けた。

<堀井先生のお話>
皆さん沢山アイデアは浮かんでいるとは思いますが、この後、自分の思いついたアイデアの中で本日のベストをグループ内で発表して頂きます。面白いのは個人で考えているときは皆さんしかめっ面で悩んでいる様子が見られるのですが、皆に披露するときになると急に笑顔で楽しそうになるんですね。これがイノベーションワークショップの醍醐味です。イノベーション教育の良いところは楽しい時間を多様な学生と共有し体験できる。やはり楽しさが無ければ続いてはいかないと思います。

イノベーションに必要な3つこと

i.schoolでは議論して行き詰まっているときには、ファシリテーターがどのように悩んでいるのか話を聞きます。このまま続けてもその先に答えが無いのであれば、アイデアを全て白紙に戻し始めからやりなおせばいいじゃないかと、できるだけ論理的に伝えます。先ほど少しの時間でアイデア出しをしただけでも相当な数が出ましたよね。始めからやりなおすことを恐れることはないと伝えます。そこで自分達で「そうだ、まだやれる」と前向きな気持ちになれれば素晴らしいことだと思います。その部分、つまり「ファシリテーターからの前向きになれるような声掛け」は経験値が出てしまう部分ではあります。
イノベーションを生み出せるようになるためには3つのことが必要です。スキルセットとマインドセットとモチベーション。ワークショップをデザインするための情報や知識のスキル設定。グループワークをうまくやれるように他人の良い所を引き出すなどもスキルです。そしてマインドセット。新しいことにチャレンジするのは楽しいことで、良い物が生まれる可能性があると考える。そのようなマインドセット。更にモチベーション。自分は何のためにイノベーションを起こそうとしているのか。より良い社会にしたいから、困った人を救いたいから。世の中を自分のスキルで埋めたいから。そういったモチベーションです。この3つをどういう風に育てていくのか、極めて重要な課題であります。

i.schoolの意義

i.schoolではスティーブ・ジョブズのような天才を生み出すことを目指しているわけではありません。ワークショップをデザインできるようにする。どんな手順でワークショップを進めていくと良いアイデアが生まれるのかを把握する。そこが設計できるようになることを大切にしています。色々な種類のワークショップ方式がありますが共通点はゴールです。新規性・有効性の高い手段を生み出していく。手段という点で言えば、製品もサービスもビジネスモデルも社会システムも全て手段です。金融商品も保険商品も全て手段です。手段と言うのは目的を達するための方法と言うことで、グーグル検索であれば「知りたい情報を知る事ができる」です。その手段の新規性に特徴があります。新規性にこだわらず有効であれば新しい必要はありません。すでに存在しているものが有効でないから、今わざわざイノベーションワークショップをする訳です。新しいものに有効性を見つけようとしています。もう一つは目的の設定自体が課題に含まれています。「解くべき問題はこれです。これの答えを出しなさい。」と言うのではなく、ある程度範囲は決まっているけれども、そこのどの部分にターゲットを決めて、ソリューションを考えるのかに重要度があり、イノベーションワークショップの特徴です。


人は「どのような経験をするかによって成長の度合いが変わる」のではないかと考えています。自分で解くべき問題を設定し、それに対して既存の答えでは無く自分の解を見つけてそれを提示する。そういう経験を誰もが積むべきだと思います。そこで、こういうことをもっとやりたいと言う学生には更に提供してあげたらいい。私はこんなこと好きじゃないと言う学生には、それ以上はやらせる必要はありません。しかし1回は経験させてあげた方がいいと思います。その経験で「こんな楽しい世界があったのか」と学生自身の考えが広がる可能性がありませんか? ロジカルシンキングとか知識に基づいた発想は、人間中心イノベーションとむしろ重なっているかも知れないと考えています。ですから論理の世界とか知識偏重の世界ではなく、もっとのびのびと自身のアイデアで物を考えられる経験を全ての学生に積んで欲しい。もちろん誰もが成功体験を得られるとは限りません。しかし今までずっと屈辱感とか劣等感に悩んできた学生に、そんなことは無いのだと教えてあげたい。そのことが教育者の大切な役割なんじゃないかと思います。i.schoolでは「評価」は行いません。優秀チームの表彰なども行いません。そのような評価などはしなくても、自分がどうであったのかは自分が一番良くわかっている。評価よりも、経験を積ませると言うことが目的なのです。


以上が堀井先生のワークショップと講義です。今回はアイデア発想の方法を、ほんの一部分をご紹介頂きました。ワークショップは数多くありますが、「新しさ」が生まれるような発想方法(手段)を考えている点が、i.schoolの特徴であると感じました。大学や企業からも注目を集めており、イノベーションを起こせる人材が育っていくことが楽しみとなるようなお話でした。