2016.11.10
教育改善推進室開催の第2回FD/SDセミナーは、『神戸情報大学院大学 学長 炭谷俊樹先生』をお招きして<学生の学習意欲と課題発見・解決能力を高める授業運営 -「探究型学習」に必要なマインドとスキル->と題して、大学教育に活かせる「探究思考」の考え方・具体的な方法のご紹介を頂きました。炭谷先生はフリースクールの運営や「探究型人材育成」を長らく実践してこられた方です。炭谷先生の考える探究型授業とはどういったものなのでしょうか。
(2016年5月31日に開催した内容を編集したものです)
神戸情報大学院大学 炭谷 俊樹先生
神戸電子専門学校を母体にして、2005年に設立された専門職大学院です。2年間の修士課程で専門職修士を取得します。文科省やJICAの奨学金で得ている留学生が多いのも特徴です。国を代表して来ている留学生なので非常に優秀であり、能力・意欲共に高く、国に帰ったときには自国を背負って立つような人材です。彼らは自国を良くすることを一生懸命考えており、エネルギーレベルがとても高く、このことは日本人学生にも大いに刺激になっています。
カリキュラムのコンセプトですが、技術系の大学院なのでICT技術を学ぶのはもちろんですが、もう一つ意識していることが「技術を使って何ができるか」という点です。世に存在する様々な課題。教育が行き届いていない地域があったり、農業が非常に非効率的だったり。まずは社会で何が問題になっているかを理解する。私がよく学生に呼びかけていることは、直接現場に出て、問題の根っこを理解するようにと伝えています。現場の問題をきちんと把握した上で、どのような技術を提供して問題を解決できるのか。この課題解決法を「探究実践」と呼んでいます。しかし、社会課題やICT技術のすべてに詳しくなることは難しいので、大きく2つのグループに分けています。一つのグループは物作りやICT技術に詳しいグループICT professional。もう一つのグループは、課題についての知識や経験に詳しいグループICT innovator。我々の大学はこの2つの人材像を目標にしています。
まずは探究型人材像をご紹介したいと思います。これはまず僕自身がそうなりたいと思い描いている人材像です。そして学生自身もこのような人材を目指して欲しいと思っております。
1.仮説検証し続ける
2.信念を持ち、粘り強くやりとげる
3.自ら主体的に行動する
4.人のため社会のために尽くす
5.人や環境を敬い、共存共栄する
6.人と自分の考えを伝えあう
以上のことに定義をおいていまして、授業をやっている時も自分自身この事を強く意識しております。最近の学生は、何にも興味を示さない、やりたい事ある?と聞いても答えが出てこない。やる気が全く無いなどと言われていますが、本当はそうでは無いと思います。興味が無いというのは自分を隠しているだけです。やりたいことが表に出てこない。その表に出てこない部分をどうやって引き出すか。彼らが自分自身を出さない理由を排除していくのが鍵だと思います。 今の学生の殆どは、受け身の教育を受けていますから、主体的に行動しろと言われると何をやっていいのかわかりません。そこを理解して、少しずつやってみなよと触れさせてあげると、ようやく自分を出せるようになってくる。幼児でも大学院生でも全員やりたいことはある。そのやりたいことに火がついたら、一気にやり始める。火がつくまでに少し時間はかかりますが、彼らはそういうエネルギーを持っているなと感じるのが私自身の経験です。
1.社会における課題を発見する
2.強み(技術と人間力)を磨く
3.現場で実践し、仮説検証を繰り返しながら課題解決をする。
以上が学生達に伝えていることですが、言葉で言うほど実践は簡単ではありません。失敗することの方が多いですが、失敗することも良しとしています。この3つの実践で一番難しい部分が、2の強みの部分です。やはり学生なので、経験や強みが少ないです。ですから学生には自分に強みを付けたかったら、毎日毎日磨きなさいと言っています。例えば、週1度プログラミングの授業を受けてもプログラミングを強みにすることはできません。強みにしたかったら毎日プログラミングをすることです。失敗しながらも毎日続けることによって、ようやく自分の物になるのです。そして課題の見つけ方ですが、ICT技術は大好きでも社会課題に全く興味のない学生もいます。ニュースを見て世の中にどんな問題があるのかを知るのはもちろんですが、ニュース記事も読まないような学生にはとにかく周りにインタビューをしてくることを課します。周囲の身近な人間に話を聞くことで、今・誰が・どんな問題を抱えているのかを知る。そこで自分の一番興味の惹かれることを、課題として取り組むようにしています。
課題を見つけてその課題にどう取り組むかを考えたときに、使っているものが「探究チャート」です。問題意識、取り組むべき課題、それをどうしたいのか。自分の思いやビジョンを書きます。そして、それを実現するためには何が必要かを考える。「お金」と「技術」と「人」は必ず必要となってくるので、資金はどう調達するのか、必要な技術は何なのか、必要な人材を確保するにはどうすれば良いのか。これらを全て考えてもらいます。世の中の上手くいっているプロジェクトは資金・技術・人材の全てがかみ合っている。上手くいかないプロジェクトは必ず何かが欠けている。技術はあるのにお金が無いとか、生かす知識が無いとか。とにかく上手くまわらないのは何かが欠けています。学生達にはこの「探究チャート」を意識してもらって、自分には今、何が足りないのかを自覚してもらいます。
「探究チャート」の意識とは言いましたが、はじめはまともなものを書ける学生は殆どいません。ですから3つの検証というものをやってもらいます。
1.人は喜んでくれるか?
自分が作ったシステムは誰かが使って喜んでもらえるものなのかどうか。物を作る前にインタビューなり、リサーチをして人が望んでいるものかどうかを考える。
2.独自性が築けるか?
これがかなり難しい部分です。既存のもので同じものはあるか?似たようなものがあれば、それよりも優位な部分があるかを考える。
3.収支は取れるか?
大学院ではお金に関して言われることはあまり無いですが、実際の社会ではお金のことはとても重要ですので、収支プランのシミュレーションを考える。
これらのことを意識させていますが、実際に始めるとなると学生は尻込みをします。インタビューなんかしたこと無いからイヤだとか。独自性を考えるのが難しいとか。とにかく色んなことで相談を受けます。しかし、そこで尻込みをせず、とにかく何でもいいからやってみようと促します。やはり最初はひどいものになりがちですが、続けているうちに形になってきます。学生自身が、とにかく自分で課題に取り組むことが重要です。はじめは稚拙なものだったのが学期の終わりには、ある程度のカタチになっているものができあがります。
課題を考えるときに大切にしていることが、技術面での問題や課題の大小よりも、まずは自分がやりたいかどうかです。教員からはこう言うのもあるよと提案をすることはありますが、最終的に決めるのは自分がやりたいことかどうかを重視してもらいます。しかし、特に指導していることは、自分だけが満足するようなものはダメだと。誰かの力になれるような、喜んでもらえるものを生み出しなさいと伝えています。それを踏まえて授業では以下を考えてもらいます。
1.社会に存在する未解決の課題を発見する
2.自分や人の強みや特徴を知る
3.両者を組み合わせた探究テーマを発見する
4.探究テーマについて、新しい価値貢献の仮説を構築する
5.仮説をインタビューによって検証する
6.仮説の独自性を検討する
7.収支面からの仮説の検証を行う
8.以上をまとめプレゼンテーションを行う。
上手い下手は関係なく、とにかく学生にはやってもらいます。上手くなるにしても、はじめてみないと何も生まれませんので、とにかくやってみることが大切です。授業では学生の考えることですから、現実離れしたものも出てきます。しかし、授業では現実味をあまり重視してはおりません。実際にビジネスで、できるかできないかを考えてしまうと発想力がしぼんでしまう。むしろ夢見がちな、こんなものがあったらいいよね!という考えで世界感が広がるようなものを待っています。中には、本当に突拍子もないことを言ってくる学生もいて、本当に困ることもあるんですがそれはそれで良いと思っています。
ある一人の学生の探究チャートの例です。世の中には、地球温暖化などの大きな問題も多々ありますが、この学生は自分のおばあちゃんにインタビューをしました。自分の祖母の身近な問題を取り上げた訳です。
<問題意識>
リハビリ運動が退屈で継続が難しい
<提供価値>
楽しくリハビリができる仕組みをICTで開発して、リハビリを楽しく継続できるようにする。
<資 金 源>
研究予算
<技術・ノウハウ>
オープンソース マイクロソフトKinect、グーグルマップ、C#、Javascript
<人 材>
自分と教員のサポート
以上の探究チャートを踏まえて、本人が考えたものが「リハビリ運動でバーチャル旅行」です。どういったものかと言いますと、マイクロソフトKinectを使用して、モーションセンサーで足の動きを捉えて、捉えたデータを処理します。その捉えたデータをグーグルマップ上で動けるようにする。モーションで捉えた足の動きで、グーグルマップ上を散歩移動しているような気分が味わえる。街も自宅近辺だけではなく、海外を散歩しているような気分も味わえる。足を動かす単調な作業をもっと楽しくできるとように考えた訳です。そして、これを実際におばあちゃんに使ってもらったところ、リハビリも前より楽しくできるようになり面白いと言ってもらえました。彼はきちんと検証データも取りまして、自分のおばあちゃんだけでなく、リハビリが必要な高齢者にも試してもらいデータも集めました。
探究実践の流れまで話を戻しますと、課題はおばちゃんのリハビリを何とかしたかった→楽しくできる仕組みを考える。収支については学生のアイデアですので、あまり気にはしなかった。これが企業となるとやはりお金の問題は発生しますが。この問題にとって大事なことは、技術として本当に使ってもらえるのかどうかが重要でした。
課題探究でよく起こることが、やりたいことが見つからない学生です。入学した時からこれをやりたいと意気込んでいる学生もいますが、特に何もありませんと言う学生も多いです。しかし、周りにインタビューすることやニュースの情報収集を行うことを課題として出すと、それなりに何かを見つけて次の授業に持ってきてくれます。学生自身は、人前で表現したいと思っている。表現することが苦手なだけで、何かしら思っていることはある。それを引き出してあげるような一言をいつも返してあげるようにはしています。返しているうちに、段々と良いものができてくるようになります。 しかしながら、学生達が最初の授業で思いつくことはかなり浅くて、考えの甘いものが多いです。そんな時は「君の考えていることは、世界中に5万人くらいはいるよ。だから、もっと検証するなり、インタビューするなり、どんどん視野を広げて、最終的に誰も考えつかないようなものを見つけなさい」と話します。ですから、同じことを何回も繰り返し検証し続けることが重要です。情報の中でネガティブなことも入ってくるし、そんなこと絶対無理となることがあるかも知れない。けれども、そこで後退するのではなく、一歩前進しているのだと伝える。何ができなくて、何ができるのかを考えるだけで一歩進んでいる。何も行動を起こさなければ、一歩も進んでいません。その探究が面白いなと感じてくれたら、どんどん良いものができてくる。探究のプロセスを習慣にしてもらって、それが彼らの学びのコアとなればいいと思っています。
以上が炭谷先生のお話です。学生が自ら課題を見つけ、周囲の意見も聞きながら仮説検証を繰り返す。そのことで技術や知識を吸収しようとする意欲も高まるのではないでしょうか。「探究実践」は、学修し続ける心構えとして必要なことであると感じました。