アメリカの大学視察報告書(第二次)

2012.03.22

平成24年3月21日

米国大学視察報告と提言

教育改善推進室 室長 井浦雅司
視察団 相澤一美、朝山秀一、大松雅憲、鈴木 真、長原礼宗

今日、わが国の大学を囲む社会的環境は大きく変化し、過去の経験の蓄積に基づく教育システムだけでは、これまでのような世界が認める技術力と倫理観のある技術者・設計者を大学教育の中で育成することが難しくなっている。少子高齢化による大学入試の競争率低下、ゆとり教育の弊害、そして明日を描けない社会の混迷などが、学生の向学心の向上を大きく妨げていることは否定できない。

そうした学生に対して、大学において積極的・自発的に学ぶことが学生自身の将来にいかに重要かを気づかせ、確かな技術や知識とともに、考える力・判断する能力を身につけさせるためには、これまでの講義形式の教育手法以外に、今の学生に対して向学心を植え付ける教育手法を加えて本学の教育システムを改善して行くことが必要である。これは学生の研究マインドの啓発にも重要で、本学の研究面でのレベルアップにも繋がる。このような考えの下、教育改善に先進的な米国の大学の中でも本学の協定校であるMarshall大学、先進の教育手法を導入しているDelaware大学、および私立大学のPrinceton大学を視察し、(1)PBL(Problem-Based Learning、Project-Based Learning)など新しい教育方法の実態、(2)FD(Faculty Development)活動、(3)初年次教育、(4)教員評価などについて、ヒアリング及び視察調査と資料収集を実施した。詳しい報告は、後日提出するが、ここに調査報告とともに本学への提言を記す。

<視察日程>

2012年2月20日(月)Marshall University(West Virginia)
23日(水)University of Delaware (Delaware)
25日(金)Princeton University (New Jersey)

【視察概要】

(1) PBLの実態

3大学ともPBLを授業に導入しており、PBLが現代の学生を自発的な学習に導く教育方法であると  の認識で一致していた。特にDelaware大学では一部の授業で上級学年の学生が下級学年の学生に対して少人数グループ指導を行っており、双方向のコミュニケーションが生まれ、教わる学生は真剣に課題に向き合い、教える学生のリーダーシップ力にも役立っていると感じた。PBLは授業時間外の学習時間が一般的な座学と比較して多くなり、向学心の向上に大変役立つが、カリキュラムがPBL形式の授業だけでは学生にとって負担も大きくなるため、座学形式の授業も併用していた。また、PBLの実施に際しては、CTL(Center of Teaching & Learning)が自発的にPBLに取組む教員を強く支援する、いわゆる草の根(grass roots)的かつ、ボトムアップな体制で取組むほか、グループ学習に適した専用の教室や図書館のスペースが準備されていた。PBLによる教育の改善に取組む教員には、責任時間の低減、インセンティブを与えるなどの対応が取られていた。ただ、いずれの大学でもPBLに無関心もしくは教員からの技術や知識の伝達に終始する伝統的な教育方法が良いとする教員はいるとのことであった。

アメリカの大学視察報告書

(2)FD活動

Delaware大学では年2回実施していた。内容は、招待講演、ワークショップなど多岐にわたって いる。Marshallにおいては特に新任教員の研修も手厚く行われていた。We are Marshallというモットーを学長も強調されていたが、このような研修からイズムが生まれることを感じた。

(3)初年次教育

高校までの教育で受身的な学習姿勢が身についた学生を自発的な学習へ導くための入り口として位置づけられていた。米国の学生が受身的であるということは、予想外であるが、初年次教育の方法は同じ傾向をもつ本学の学生に役立つものがあると考えられる。

(4)教員評価

教員評価の方法は大学により異なるが、Marshall大学では、教員の貢献を教育、研究、地域コミュニティへの貢、学内のアドミニストレーションとして、その配分の割合と上限は学部により異なり、自己申告と交渉で配分を決めていた。Delaware大学では、教員評価は5年ごとに実施しているが、よほどのことがない限り辞めさせることは難しいとのことであった。また同大学のCTLは教育改善の支援のみ行い、教員評価は行っていなかった。

【提 言】

(1) PBLの積極的推進

① 全学統一のPBL型科目の新設試行と実践・経費支援
高校生までの知識偏重型教育から、課題解決型の能動的学修(アクティブ・ラーニング)によって、学生の批判的思考能力、コミュニケーション能力、グループでの協調性などを養うために非常に有効な教育手法として、PBLが有効であることが本視察において明確になった。PBLそのものは、もともと学問分野や、講義形態にあまり依存しないMulti-Disciplinaryな教育手法なので、例えば全学統一の科目を一つ新設し、8月などの夏休みに全学部の学生が一カ所に集まり、集中してPBL方式による教育を行う。なるべく低学年次(できれば初年次)にPBLによるアクティブ・ラーニングの習慣を身につけさせることにより、今後の専門基礎から専門を学んでいく上で、有効となる。この科目開講のための経費支援をする。
② PBL学習のための環境整備
PBLを今後も学内で積極的に推進するために、以下のような人的・物的整備を行う(当面は、各キャンパスで既存の教室1教室を改修等)。PBLを実施するための、少人数のグループ用の机、プロジェクタ、黒板が1セットとなり、それを複数セットで構成されるフレキシブルなPBL教室を準備する。また図書館などにグループ学習のできる場所を設置する。(前ページ写真参照)
③ PBLに必要なTA(Teaching Assistant)の育成
PBLの実施には、人的支援が必須であり、当面は大学院生によるTAのためのトレーニングプログラムを開発して、TAに順次普及させる。
④ PBLを行う教員に対する経費支援を、平成24年度より順次拡大し、インセンティブを与えるなど、ボトムアップ的に教育の改善をはかる。

(2) 国際的観点からのカリキュラム改善

今回も含めて都合2回にわたってアメリカの大学の教育システム等を視察してきたことになるが、アメリカの大学において一貫していたことは、現在日本においても求められている「入学者受け入れの方針」、「教育課程編成の方針」、「学位授与の方針」の3つの方針について、それらを策定して公表することは当然のこととして行われ、その理念に基づき教育課程が編成され、その結果、カリキュラム全体の整合性や各科目の位置づけ、難易度、履修順位などが学生のみならず、第三者にも容易に理解できる「科目ナンバリングシステム(Course Numbering System)」が構築されている。教育改善推進室においても、科目のナンバリングの必要性については、既に議論をしており、視察団の報告とともに、教育改善推進室としても、この科目ナンバリングに取り組む必要がある。

(3) 初年次教育

① 高校までの与えられた課題をこなす受身的な学習から自発的・積極的な学習への意識転換を促す。
② 各キャンパス(学部)の学習サポートセンターの運用を点検・見直しをして、現状把握と課題を抽出し、然るべき改善策を講じて、センターの一層の有効活用を促す。
③ Liberal Artsにも強い大学を目指す。
理工系大学においても、全人格的な教育は、技術者倫理にとどまらず重要であり、教養教育と専門教育が一層有効に連携するよう、接続について検証が必要である。
④ 学生に、初年次に大学で学ぶことと卒業後の職業の関係の重要さを気づかせる。

(4) FD活動

① FDをボトムアップ的に行う環境を整備する。
② 新任教員に対する研修を行い、東京電機大学人としての意識をもつ。
③ FDに興味を持ち実行する教員には、国内外に視察に行く機会や援助を与える。

(5) 授業アンケート

① 教員がどうであるかではなく、学生の学習にとって当該講義がどうであったかという視点の設問を加えるべきである。
② 学生自身がどうゴールに対して学んだかを、ルーブリックのような評価方法を採用して、学習成果到達度を測るため東京電機大学なりの手法を開発・確立する。

以上