2022.12.22
NEWS RELEASE
報道関係各位
公益財団法人 かずさDNA研究所
ベニクラゲ再生生物学体験研究所
学校法人東京電機大学
かずさDNA研究所とベニクラゲ再生生物学体験研究所、東京電機大学は共同で、若返りで知られるベニクラゲのゲノムを解読しました。
ベニクラゲTurritopsis spp.は、世界中の暖かい海に生息する、体長が数ミリの小さなクラゲ類です。トカゲやイモリのように、体の一部を再生できる生物は多く知られていますが、体がまるごと若返る生物は現在、ベニクラゲを含む数種のクラゲ類でしか確認されていません。そこで、ベニクラゲの若返り機構を解明するため、和歌山県の田辺湾で採取された個体のゲノム塩基配列を解読しました。そして、人工的に脱分化・再分化を起こさせ、その際の遺伝子発現の変化を調べて、この過程で特徴的に発現している遺伝子、すなわち、若返り過程ではたらいていると考えられる遺伝子候補を絞り込みました。
本研究で得られた遺伝子情報を元にベニクラゲの若返り機構を解明することは、細胞の再生や若返り機構の理解につながり、さらには、ヒトの老化や健康寿命の増進の研究への応用が期待されています。
本研究成果は英文学術雑誌DNA Research誌上で、12月15日(木)にオンライン公開されました。
論文タイトル:Genome assembly and transcriptomic analyses of the repeatedly rejuvenating jellyfish Turritopsis dohrnii
著者:Yoshinori Hasegawa, Takashi Watanabe, Reo Otsuka, Shigenobu Toné, Shin Kubota, Hideki Hirakawa
掲載誌:DNA Research
DOI: https://doi.org/10.1093/dnares/dsac047
ベニクラゲTurritopsis spp.は、赤道をまたぐ中緯度帯の暖かい海に多く生息する、体長が4~10mmの小さなクラゲ類です。そして、ベニクラゲは多細胞動物では唯一、実験室で繰り返し若返ることが証明されている動物で、成熟した個体からもポリプ*1と呼ばれる成長段階の途中の若い状態に戻ることができます(図:橙矢印)。再生する生物は他にも存在しますが、個体まるごと若返る生物は現在、ベニクラゲを含む数種のクラゲ類でしか見つかっていません。ベニクラゲの若返りのしくみの解明は、若返りのみならず、細胞の再生や脱分化*2・分化*3の理解につながると期待されています。そこで、その若返り機構を解明するために、和歌山県の田辺湾で採取されたベニクラゲのゲノム塩基配列を解読しました。
本研究グループでは、2016年8月にベニクラゲの生活環のステージごとに特異的に発現している遺伝子の探索についての研究成果を発表しています。しかしながら、当時はベニクラゲのゲノム情報がなく、遺伝子の構造を部分的にしか明らかにすることができませんでした。そこで、遺伝子配列の全長を明らかにするために、ロングリード技術*4と呼ばれる新しい技術を用いてゲノムを解読することにしました。しかし、そこには大きな壁がありました。ロングリード技術によるゲノム解読には、同じ塩基配列を持つゲノムDNAが大量に必要ですが、クラゲ類は体重の90%以上が水分で、その上ベニクラゲは非常に小さなクラゲのため、1匹のベニクラゲから得られるゲノムDNAでは十分ではありませんでした。そこで、本研究グループではベニクラゲの人工飼育系の確立にも取り組み、1個体由来のクローン個体からDNAを大量に得ることに成功しました。
① 東京電機大学が確立したベニクラゲを人工海水で飼育する方法を用いて、1個体に由来する1,500匹の若いクローンクラゲを集め、そこから3μgのゲノムDNAを抽出しました。
② ロングリード技術によるDNA配列解析装置Sequel IIを用いて、ベニクラゲのゲノムDNAを解析し、後生動物*5に保存された遺伝子セットの92.4%が網羅されているゲノム塩基配列情報を得ました。この結果は、これまでに発表されている他の刺胞動物*6のゲノムよりも網羅性が高いため、より詳細な解析が出来るようになったと考えられます。そして、その後の解析から、ベニクラゲのゲノムの大きさは約4億塩基対、遺伝子数は23,000前後と推定されました。
③ 得られた塩基配列情報は、データベースTurritopsis Genome DataBase から公開することにより、ベニクラゲの参照配列*7として利用され、若返り研究の基盤情報となります。(データベースURL: http://turritopsis.kazusa.or.jp)
④ 成熟したクラゲからの若返りの成功率はそれほど高くないため、より簡単に脱分化・分化させることができる、枝分かれのない個虫の切断(図中のI)からのサイクルで実験を行いました。遺伝子の発現解析(RNA-Seq解析)*8の結果から、この過程で多く発現している遺伝子は、ベニクラゲ特有の機能を持つ可能性がみえてきました。今後、これらの遺伝子を中心に若返り機構の解明が進むことが期待されます。
① 他のクラゲ類とゲノムを比較することにより、クラゲ類の進化研究、ひいては脊椎動物の成り立ちについても新たな知見が得られます。
② ベニクラゲの若返り機構の解明を通して、一般的な細胞の再生や脱分化の理解につながり、ヒトの老化や健康寿命の増進の研究への応用が期待されます。
*1 ポリプ:クラゲなど刺胞動物の体の構造のひとつで、イソギンチャクのように座着して触手を広げる形態のものをいう。
*2 脱分化:分化*3した細胞が、未分化の状態に変化すること。
*3 分化:多細胞生物で、特殊化していない細胞が神経のような特化した細胞になるなど、形や機能が変化することをいう。
*4 ロングリード技術:現在のDNA塩基配列解析技術では、数百塩基程度の比較的短い塩基の読み取りが可能なショートリード解析装置と、1万塩基程度の比較的長い塩基の読み取りが可能なロングリード解析装置の2つのタイプの解析装置が利用されている。ロングリード技術は、後者の解析装置を利用した配列解析を指す。
*5 後生動物:原生動物(アメーバなど)以外の動物群の総称。ひとつの個体に役割分担された様々な種類の細胞が存在する多細胞生物で、海綿動物以上の動物群がこれにあたる。
*6 刺胞動物:ヒドラ、クラゲ、サンゴ、イソギンチャクの仲間で、ほとんどが海に生息している。無脊椎動物で、刺胞という毒のある針を持つ。
*7 参照配列:広く研究に利用してもらうために公開されている標準的なゲノム配列のこと。
*8 遺伝子の発現解析(RNA-Seq解析):調べたい細胞・組織で発現しているRNA(=働いている遺伝子)を、次世代型DNA配列解析装置(NGS)を用いて網羅的に解析すること。
図:ベニクラゲの生活環
一般的なクラゲと同様のサイクル(橙矢印)と、実験室で人工的に起こさせた脱分化・再分化サイクル(青矢印)。
IからIIIは、実験に使用したステージを、〇はサンプリングポイントを示す。
I:枝分かれのない個虫
II:団子状細胞塊
III:走根の出た細胞塊
Iの切断直後(0時間)から、3、6、9、16、20、24、33、51時間後の細胞塊を採取し、RNA-Seq解析を行った。
<報道に関すること>
かずさDNA研究所 広報・研究推進グループ TEL:0438-52-3930
E-mail: kdri-kouhou@kazusa.or.jp
東京電機大学 総務部(企画広報担当)
E-mail: keiei@jim.dendai.ac.jp
<研究に関すること>
かずさDNA研究所 遺伝子構造解析グループ
グループ長 長谷川 嘉則(はせがわ よしのり)
E-mail: yhasega@kazusa.or.jp
ベニクラゲ再生生物学体験研究所
所長 久保田 信(くぼた しん)
E-mail: benikurage2018@gmail.com
東京電機大学 理工学部 理工学科 生命科学系
客員研究員 刀祢 重信(とね しげのぶ)
E-mail: tone@mail.dendai.ac.jp